http://kiba.client.jp/ - EVER POP -


少年が痛みと苦しさを知ったのは、あの男のせい。


Kiss me.


授業も予定ない、この場所にとっては稀ともいえる休日。
朝日に照らされながら、少年は喪服をいそいそと脱ぎはじめる。
ラフな格好に身を包むと、小さな声をあげ背伸びをし息をはぁ、と吐く。
窓を少しだけ開き呼び込んだ風は暖かく、ほどよく頬を触った。
“平和”という現実じみた単語が少年の脳裏を一瞬だけチラつく。


「今日も、晴れだ…」


呟いた言葉に返答するものはいないが、それは少年自身百も承知の事。
独り言はひとりでいるときにするものだと、少年は密かに思う。


「…………苦しい」


ギュッと握られた胸元。
力を込めれば込める程自分の気持ちがわからなくなり、溜息が漏れる。
涙が出そうなくらい哀しいと思えば、体温が上がるくらい恥ずかしい。
どちらの感情も同時にこみ上げてきて、余計に自分がわけがわからなくなる。

再び漏れる、溜息。


「なんなんだろ…」


天気とは裏腹に曇っていく心。
自分の心と考えに、歯止めすらつけられない。思考が一向に停止しない。
こみ上げてくる感情に、目頭が熱くなるのがわかった。

気付かぬうちに、ぽたり雫が落ちる。


「なんで、涙なんか………っ」


自分は呆れるくらい泣き虫だと思い知らされる。
自分にとって唯一の親友が死んだとき。涙が枯れるくらい泣いたハズだった。
けど、それでも今零れてくるこれは完璧に“涙”だった。


不意に近づいてくる気配に、気を集中させる。
控えめに小さく、そして軽く叩かれた扉に小さく返事を返した。
零れてきた涙を、そっと拭う。


「よお、テイト」
「な、なんだフラウか…。びっくりした…」
「俺で悪かったな。……だってな、」


昨日は顔合わせなかったから仕方ねぇだろ、と言葉を付け足した。
ひょんなことから男と少年は主従関係で結ばれ、お互いが48時間以上離れて居られない。
そのためにこの男は毎日少年に話しかけるのだ。
だが昨日は男に急用が出来てしまい、なんだかんだ言って会話はゼロ。
少年が危険にさらされる前に会話を交わそう、と男はやって来たのだ。
妙に納得してしまい、少年はそれ以上何も言わなかった。



静まりかえる部屋とは逆に、煩く響く少年の鼓動。
口を開いたのは意外にも男の方だった。


「………お前、さっきまで泣いてただろ」
「なっ……?!」
「目、真っ赤だぞ」
「ばっ!違っ!!……め、目薬だよッ」


自身の目を隠すように手で覆う。
少年の焦りようから本当に泣いていたのだと男は確信していた。
咄嗟にもれる溜息に、少年の瞳が少しだけ潤むのが確認出来た。


「………テイト………?」
「ごめん、フラウ…。出てって……っ」
「テ、テイ…」
「出てけッ!!!」


少年の微力な腕の力で男を部屋から追い出す。
バン、と勢いよく閉じられた扉に男は肩をふるわせた。
再び男から漏れる溜息。仕方ねぇ、としぶしぶその場を後にした。

遠のいていく足音に、扉の前でじっと立っていた少年はゆっくりと泣き始めた。
泣き虫だと思ったばかりだったはずなのに、止めどなく流れる涙。
哀しくて、哀しくて、哀しくて。


「バカ………っ」


自分が、どうしようもなく愚か者だと思った。
遠のいていく足音が耳に届くたびに、行かないでと心に願った。
ずっとその場にいて、自分を心配していて欲しかった。
けどそれは何一つ現実にはならなかった。少年の想いだけが、虚しく空を切る。

男にとっての自分とは、所詮それくらいの意識の中の存在なのだと思い知らされた。気に掛けるのは、主従関係のせい。
哀しい現実が、少年の心をついた。


「…………フラ、ウ…っ」



ぽつりと呟いた男の名前が、余計に少年の胸を苦しめた。







夏奈様から頂きました。
テイトの切なく苦しい片思いに胸が締め付けられて思わず泣いてしまいました。゚(゚´Д`゚)゚。
素敵な小説ありがとうございます!