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「どうしてごはん食べる時って『いただきます』っていうの?」
とても素朴な子供の質問に、テイトは動きを止め己を見つめてくるカペラを見下ろす。
彼の瞳は好奇心に輝いており、中途半端なことは言ってはいけないと言うことがすぐにわかった。
何と答えたらよいものか分からず、視線をさまよわせる。
こんな時、フラウやカストルといった面々がいればいともたやすく納得させることのできる答えを与えることができただろう。
どちらかと言わず口下手なテイトは必死に考える。
「う、うーん…」
どこかで由来を聞いたことがあるような気もするけれど、思い出すことができない。
そもそも本当に聞いたのかすらあやふやだった。
いつも、見かけによらず丁寧に両手を合わせて「いただきます」と言っていたミカゲのことを思い出す。
当たり前のようにしてきたことだと言うのに何故することなのかわからないなんて。
意味も分からずにするなんて、意味があるのだろうか。
こっそり溜息をつき、自分も誰かに聞かなければいけないなと肩を落とす。
「悪い。俺も知らないんだ」
「そうなの?あ、じゃあフラウ兄ちゃんにききにいこ!」
「そうだな」
己と手をつなぎにぱ、と笑ったカペラに小さく笑いかけ歩き出す。
―――『いたがきます』ってのにはさ…
不意に耳の奥で響いた、懐かしい明るい声にテイトは数回瞬きをする。
明るく、友好的で、情にあつかった、己とは対極と言っても良かった親友。
(あぁ…そういえば…)
脳裏によみがえったある日の出来事に、彼は軽く目を細めた。
「あっテイト!」
食堂のすみの方にすわり食事を取ろうとしていたテイトは、突然馬鹿みたいに元気な声で呼び止められ顔を上げる。
そこには、予想通りの人物画いて、笑顔で手を振ってきた。
もちろんテイトがそれに応えるはずもなく。
「ここ座るな。うわー偶然だなー」
「物好きだよな、お前って」
まるで運命みたいだ、というかのような大げさな相手にテイトは半ばあきれる。
彼の手の中には一つの焼きそばパン。
(…本当に好きだなこいつ)
確かに美味しいとは思ったけれど、毎日毎日食べていると飽きないのだろうか。
ミカゲが、持っていた焼きそばパンを机の上においたので何をするのだろうとテイトはいぶかしげにミカゲを見つめる。
すると、彼は顔の前で両手を合わせ丁寧に小さくお辞儀をした。
「いただきます」
食前のありきたりな言葉の後に、ビニールがはがされ食べ始める。
(……何と言うか…)
何故だか、とても驚いた。
たかが焼きそばパン一個に、あんなに丁寧にするなんてと。
「ん?どうした?食わねえの?」
「いや…お前、どうしてあんなに丁寧にやったんだ?」
「は?何のこと?」
瞬きをし、首を傾げるミカゲに多少苛つきつつ、先刻彼が行ったことを言いもう一度問う。
本当に、たった一つの焼きそばパンにそこまでする必要があるのか。
確かに「いただきます」ということは形式と化して言うことが当たり前になっているけれど、ミカゲがするようにまでする必要がないのではないかというのがテイトの意見だった。
そして、誰もがそう思うだろうと言う確信もあった。
「えーでも食いもんだし」
「…訳わかんねえ」
「だって『いただきます』ってのにはさ、『命をいただきます』て意味があるだろ」
初めて知ったことに、テイトは瞬きをする。
ただ意味もなく、ただやっているだけのことと思っていただけにその話は少し驚きがあった。
そんな意味は、習ったことがない。
教える必要のないものとして教えてもらえなかっただけなのかもしれない。
その可能性を否定できないだけの過去が、彼にはあった。
「知らなかった」
「えぇ!?お前、一回は聞くぞ?」
驚きをあらわにするミカゲに、そう言われてもと目をそらす。
ミカゲにとって、他の人間にとって、当たり前のことなのだとしてもテイトにとっては当たり前ではないのだ。
以前は、そんなこと全く気にしなかったというのに、何故だかとても今はそのずれが嫌で仕方なかった。
「植物だって生きてるだろ?それに肉も入ってる」
「そうだな…」
「だから、俺らが生きるために誰かが犠牲になってるってことだ」
「そうだな」
とても簡単なことだと言うのに言われるまで全く気がつかなかった。
確かに、動物はもちろん植物だって一つの命を持った生き物なのだ。
それを、自分たちが生きていくために殺し、自分たちの生きる糧となっていく。
「だから、その命に感謝するんだ」
「そんな意味があったのか…」
教会の人間が食事をする前に祈りをささげるものと似たようなものなのだろう。
彼からは、いつもたくさんのことを学ぶ。
それはとても他愛もなく、小さなことだけれど不思議と胸があたたかくなるものばかりだった。
何故忘れてしまっていたのだろうとテイトは目を伏せ小さく笑う。
せっかく教えてもらったのに忘れてしまっては意味がないではないか。
「カペラ」
「ん、なぁに?」
立ち止まりこちらを向かせれば、子供らしい無垢な瞳がそこにはあった。
テイトは膝を折り、カペラと目線を合わせる。
何を言われるのか全く想像がつかないらしいカペラはしきりに首を傾げるばかりだ。
「いただきますの意味はな」
「あれ、しってるの?」
さっき知らないっていったのに、と目をしばたたかせる子供に一つしっかりとうなずく。
思い出したおかげでフラウにそんなことも知らないのかとからかわれる必要がなくなった。
彼はいちいちこちらがむかっと来るようなことをわざわざ言ってくるのだ。
だからいつも何かと喧嘩をしてしまう。
喧嘩がしたくてしているわけではないのだから極力そういうのは避けたかった。
「命をいただきますって意味がこめられてるんだ」
「いのち?」
「そうだ。受け売りで悪いけど…」
首を傾げるカペラに、つい先ほど思い出したことをテイトは彼に話始める。
もう絶対に忘れないように。
そう思いを込めながらゆっくりと話した。
珠悠様から相互記念に頂きました。
ミカゲから学んだ中の一つを伝えるテイトに、彼の中でのミカゲの偉大さを感じてときめきます(*´ω`*)
素敵な小説ありがとうございます!